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2012年01月17日

オンザロード2


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「あれ、おっくん帰ってきたの?」

『俺、さとしさんに置いていかれたみたい。』


俺は見送りに来てくれていた西やんの車でオンザロードのアジトに帰ってきた。


後で聞いたところさとしさんが西やんに俺を待っといてくれるよう頼んでいたらしい。

何が取れてなかったみたいや。

確信犯やんけ!!



「ということで前代未聞のいたずらをされまして。」

「何か手伝うことはないですか?」


俺は事情を話し、みんながメッセージを書く木札をヤスリで削る作業を与えてもらった。




3日前はタイ。

2日前は東京。

そして今石巻で永遠と木札を削っている。


俺の人生ってなんなんやろ?

いろんなことを考えながらもそれはそれでなんだか楽しかった。




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「さすがさとしやな。」

いろんな人がさとしさんのいたずらを聞いて笑っている。

いやいやされた俺の身にもなってや!と思いながらも、

それでこそ「さとしさん」なんやなって悔しいながらも思っている俺がいた。



あの人の頭の中は面白いか面白くないかで出来ているのかもしれない。

本当にそんなシンプルなことなんだと俺は思う。

でも言ったことはやりきるし、

発想や決断力にかけては俺なんか足下にも及ばない。

そして彼はそれをうまいことやりきるのである。

ほんまにうまいこと。

見てて気持ちいいくらいな。



事実、震災があってすぐあの人は石巻に向った。

出来たばかりの店、生まれたばかりの子、奥さん、そして俺ら。

全てをほったらかして3ヶ月間復興に向って突っ走った。

そしてその行動にみんな着いていくようになる。


それを見て俺は悔しかった。

自分のやってることを全て捨てて今起こっていることに立ち向かう勇気が俺にはなかったのだ。


だから今回のこの行動もやっぱりさとしさん変わってないなって思った。

何か意味がある。

とは全く思わなかったが、

何か意味があったことに俺がしなきゃと思った。



そこに現れてくれたのが、

オンザロードのメンバーだった。



けいすけ、しんご、ネギさん、いもこちゃん、ワサスコ。

作業を終えてから俺らは飲んだ。


旅の話から始まってビーチロックの話やオンザロードの話。

これまでの復興の話や福島の現状の話。

今後の日本の話やどうしようもないくらいあほな話。



ほとんど俺より年下やのに、

めちゃくちゃしっかりしてて、

視界はずーと前を見てて、

何が起ころうともすんなりやり遂げてしまうような、

自信満々な感じがした。



うん。

俺も負けたくない。

みんなと飲んでいて心からそう思った。


そして、

日本の酒、うっまーーーー!!

負けたくないと同じくらいそう思った。




あぁ。

これをさとしさんはしたかったのか。

人見知りの俺に、自分で何とかしろと言っていたのか。

そうは思いたくはなかったけど、

みんなで熱い話しながら飲む酒がうまかったら、

もう別になんでもええかと思った。




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そして次の日。

俺は西やんの携帯を借り自分で東京行きのチケットをとった。

本当に短かったし、全く役にも立ってないと思うし、あんまりみんなとしゃべりもしなかった。


でも、

本当に申し訳ないと思うけど、


東京行きのバスが出発する15分前にみんなの想いが詰まった神輿が完成してしまう。


アジトは歓喜に溢れていた。

この神輿が出来るまでみんなどんな苦労をしてきたのかが、

その場にいた俺にもすぐにわかった。



そして、

本当に申し訳ないと思うけど、


「担ごうやないか!!」となった。



「何してんねん!!」

「おっくんも入れや!!」ってなった。




せいや!!


せいや!!


せいや!!



俺ここにいてええんかな?

って思うくらい先頭から2番目の場所でめちゃくちゃ複雑な表情をしながら、

めちゃくちゃ複雑な心境で俺は人生初の神輿を担いだ。




せいや!!!!!


せいや!!!!!


せいや!!!!!!!





バッッッキーーーーーーーー!!!!!







はい。


本当にみんなには心から申し訳ないと思うけど、



俺が持ってたところが見事に折れたよね。







あああああああああああーーーーーーー!!!!!






アジトは絶望に溢れていた。

この神輿が出来るまでみんなどんな苦労をしてきたのかが、

その場にいた俺にもすぐにわかった。





東京行きのバスが出発する5分前の話。




つづく。




またたび下北沢(さとしさんのお店)
http://ameblo.jp/matatabi-shimokita

NPO法人オンザロード
HP https://otr.or.jp



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posted by おっくん at 21:03| Comment(4) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

オンザロード


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2日間に渡ってと言っときながら更新が遅れてしまってすみません。

今俺はお世話になっていた東京のお店を回っている最中です。

未だテレビも携帯もwifiもありません。

でも以外と会いたい人に出会えるもんやねんな。

ではこの前の続き行きます。





「今日、石巻行くけど来るか?」


「はい!!」



そんなたった一言でボランティアに行っちゃう行動力のある俺。


やったらかっこいいんやろうけど、

実は帰国前に俺はさとしさんにある質問をしていた。




『オンザロードってまだやってますか?』と。




オンザロードとはあの高橋歩さん率いるボランティア団体で、

いろんな国に学校を建てたり、災害支援をしていて、

去年の震災のときは何千人もの人たちが参加し、

石巻市の復興を支援した団体の1つなのである。


NPO法人オンザロード
HP https://otr.or.jp



俺も今回の旅に出る前、5日間に渡りボランティアをさせてもらった。


http://unkonisakuhana.seesaa.net/article/203892091.html
http://unkonisakuhana.seesaa.net/article/203914121.html
http://unkonisakuhana.seesaa.net/article/204761781.html
http://unkonisakuhana.seesaa.net/article/205249348.html

そんときの日記。

今見返すとほんま最低やんな俺。





帰国してから初めに行くところは石巻と決めていた。

その理由は単に悔しかったから。




「無理と思われることに挑戦する姿をブログで配信し、震災にあった方や日本のみんなを勇気づけたい。」

「世界中の俺が出会った笑顔で日本のみんなも笑顔にしたい。」


これが今回の旅をするにあたって俺が立てた目標。



でもな。


これってただの「言い訳」やん。



どう考えても現地で汗水垂らして頑張ってる人の方がすごいし、

被災地にとって俺のブログなんかほんまどうでもいいし、

それ以前にお前誰?何がうんこ?って感じやん。



Facebookやtwitterでボランティアで頑張ってる人のつぶやきを見る度、

ほんまに悔しかった。



やらんなあかんことがあるから海外に行きますわ。ってあんときの日本から俺はただ逃げただけ。


海外でのんきにブログを書きながら、何が日本のみんなのためやねん!ってまじで自分で自分が恥ずかしかった。



だから。


ちゃんともう一回現地に行って現状を見ないと何も始まらんと思った。

現地の人に出会ってあんときはすみませんでした。って、

もう大丈夫ですか?って、

面と向って、目と目を会わせて話さないといけないと思った。



次の本にあなたが載るんですけど喜んでくれますか?

ってな。





『あたりまえやがな。』

話を戻してさとしさん。



『でも今は1ヶ月単位でしかとってないんよ。』

いっ、1ヶ月。

さすがに執筆もしやんなあかんし1ヶ月はきつい。

どうする俺?ってなっているところに、

『1月なら行く予定があるからそこに着いてきてもいいで。』と、さとしさん。



『お願いします!!!!!!』

と飛びついた結果がこの、


「今日、石巻行くけど来るか?」

「はい!!」

やったというわけ。



まさか帰国の次の日で来るとはな。



さて。



ここまで長々と行く理由を述べといたくせに、

肝心な石巻では全くと言っていいほど俺は役に立ってない。

それどころか俺の人見知りが大爆発し、

さとしさんがいなくなるとおどおどする始末。



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与えてもらった仕事は神輿作りとメッセージ集め。

この船型の神輿がピースボートに乗って世界中を渡り、

メッセージが書かれた木の板によって東北が元気に復興に向っているというのを世界中に知ってもらおうというのである。




すごいな。




「この人似顔絵描けるんですよ。」

「描いてもらったら次の本に載るんですよ。」



自分では何も言い出せなかった俺のことをオンザロードの優しい人たちが地元の人に紹介してくれ、帰国後初のうんこが始まった。



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1人描ければこっちのもの。

でもしょっぱちが言い出せへんねんな。


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いろんな人といろんなことを話した。



震災直後のこと。

復興に向けてのこと。

旅のこと。

今後のこと。



しゃべっていて一番驚いたのが、


みんなこれでもかって元気やということ。

そしてみんなこれでもかっておもしろいということ。



ここに来るまでに想像も出来やんような悲しみを乗り越えたんやろうな。



みんな強いな。


だからこんなに笑顔が素敵なんや。




15人を超す似顔絵を描かせてもらい、

神輿も完成に近づく中、

東京に戻る夜行バスの時間になった。



ビデオカメラマンの西やんに送ってもらい、さとしさんと一緒にバスに乗り込む。



オンザロードの皆さん短い間お世話になりました。


と言うはずだった。





が。



何回座席表を見ても俺の名前が書いてない。



「どういうことですかさとしさん?」


「あんなけチケット取って下さいって言いましたよね?」




『い、いやぁ。』


『なんか取れてなかったみたい。』




取れてなかったみたいってなんや!!!



『まぁ頑張ってや。』




こんなけ人を本気で殴ろうと思ったのはインド人以来で

そんなインド人顔負けな前代未聞のいたずらをしてきた

さとしさんを乗せたバスは何事もなかったかのように

静かに東京に向って発進していった。




曇りガラスに「ごめん」と書かれた文字。

ガラス越しに聞こえるさとしさんの高笑い。




携帯もパソコンも何もなしで置いていかれた極寒の石巻。



普通の人なら死んでるからな!!!



つづく。





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posted by おっくん at 22:23| Comment(0) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

オンザロードレポート最終章『上を向いて歩こう』



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話はぽーん!と飛び、
災害ボランティア「オンザロード」の最終日がやって来た。

俺が最後にした仕事はHDKと毎日朝まで散らかしたティピ(大きなテントみたいなやつでここでご飯を食べたり語り合ったりする)の掃除をすることだった。
ちゃっかり自分のDMをティピに置くHDKを見て、俺もちゃっかりうんこの本を置いた。

今回の5日間は全くペンを持たなかった。
何年振りかも忘れてしまった力仕事をさせてもらった。
毎日二日酔いの俺をくりさんはやさしくチームに迎えてくれた。
そしてたくさんの大切な仲間が出来、被災者の方からたくさんの感謝の言葉を頂いた。

東京に帰る準備をしながら正直寂しいなと思った。

もっとここにいたい。そう思えるようになっていた。


誘ってくれたさとしさん、
お世話してくれたくりさん、
HDKを始めとする一緒に行ったみんな、
そしてこの5日間でオンザロードに参加していた全ての人々、

本当にありがとうございました。

これから皆さんに負けないように頑張ります。


この5日間、ブログでは書ききれないくらいたくさんの出来事があった。

3日目は『テトリス』
4日目は『餃子会議』

俺らの最後の夜はティピでキャンドルライブがあり、打ち上げの席であのkeisonさんからのうんこの歌。
最終日のミーティング(毎日7時半にその日の成果とこれからの目標を参加者みんなで話し合う)で大沼さんがMVPに選ばれるという信じられない大どんでん返し!!

その他細かいことまで数え上げたらきりがない。

しかし今回は『ワカメ』と『ブンブン』だけをBlogに書いた。

その理由はただひとつ。
本当にキツかったからだ。
この2日間が始めにあったからこそ残りの3日間も頑張れたのだろう。


どうしようもない苦痛というのはそれを乗り切った時、
この上もない快感に変わる。

あの時はやばかったな。
思い返すと笑けてしまうこともある。


今回の大震災で被災された方の苦しみはこんなんの比じゃないのはわかっている。



でも、

だからこそ、


上を向いて笑ってもらえることを祈ってブログを書いた。

何も隠さず。

しんどかったことをみんなが笑ってしまうような文章することだけを焦点にして書いた。

被災地の方の心境を察し、お見舞いの言葉を真剣な文章で書くことなら俺じゃなくたって出来る。

でも俺はつい笑ってしまう文章で、これを読んだ人が1人でも多くボランティアに行ってしまうことだけを願って書いた。

それが俺の出来ることだと思ったから。


オンザロードにはたくさんの仲間がいる。
疲れた体を癒してくれる温泉が隣にある。
ウォシュレット付きのトイレが近くにある。
作業を終えてからから食べるおいしいご飯がある。
飲み放題のレッドブルがある。

だから、みんなも行って欲しい。

1日2日でもいいからボランティアに参加して欲しい。
あなたにも出来ることが絶対そこにあるのだから。

被災地にはもっともっと困っている人がいる。

1人でも多くの人が1日でも早く笑顔になるのは、
これを読んでいるみんなにかかっているのだ。

当然俺も含めてな。


この大震災をみんなで乗り越えたとき、

日本はきっとひとつになっている。

東北の方はめちゃくちゃ強くなっている。

そして世界は平和になり、笑顔で溢れているはず。


頑張れ東北。
みんなついてる。


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P.S.
このブログを読んで気分を害された方は連絡下さい。
すぐさま記事を削除させて頂きます。

rojyou.p@live.jp
09099884930
路上出版 尾崎寛典
posted by おっくん at 17:11| Comment(1) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

オンザロードレポートその3『ブンブン後編』



-前回のあらすじ-
災害ボランティアオンザロードに参加して2日目。
俺たちの班は『ブンブン』というお店のガレキ撤去の依頼を受ける。
ドンキホーテをひっくり返したような店内で待っていたのは永遠と続く布ループだった。
と、そのとき布ループパートナーであった大沼さんの腕に異変が起こる。
笑いながら彼が見つめていたもの。
それは力が抜けたブランブランの腕。
そして彼はこの後とんでもない行動を起こすのであった。
http://unkonisakuhana.seesaa.net/article/203914121.html



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大沼さんがいない!!


布ループパートナーを失った俺は、手の余っている男性に声をかけ、また布ループの輪廻のなかに戻った。

俺の腕も限界はとうに超えていて、レッドブル効果なのか気合いなのか意味の解らないアドレナリンの分泌により、なんとか布を車道の向こう側へと引きずり出していた。

しかし俺の思考はひとつのことだけをとらえて離さない。

大沼さんが消えた。
絶対にサボっているに違いない。

だがそんな思考は決して大沼さんを責める為に頭を離れなかったわけではない。


俺が気になっていた本当のところは。。。


『一体どうやってサボっているのか?』


俺も幾度となく試したサボるという行為。
石が長靴の中に入ったんだ。とほんの小さな石を長靴から出して休んだり。
巻いているタオルがずれたともう一度巻き直したり。
布を広げる作業に手こずるふりをしたり。

しかしそのどれもが、みんなが必死に作業している姿を見るとついつい体が動いてしまい、サボれたのは多くてほんの15秒くらいだった。

それくらいみんなトランス状態なのだ。


さて俺が何度も失敗したこの現場で、
大沼さんはどんな裏技を使ってくるのだろうか。

俺はワクワクしながら無我夢中で大沼さんの姿を探した。


いた!!!!!!!!


しかし大沼さんの姿を見た瞬間、俺は度肝を抜かれた。

あんなにブランブランの腕だった大沼さんが、、、


見たこともない大きな物体を持って現れたのだ。


布のようなものに包まれたその物体。
大きさはざっと冷蔵庫くらいはあるだろうか。

大沼さんのはその物体をすごく強張った表情で担ぎながら、ゆっくりと車道を渡って来たのだ。

大沼さんの必死な表情。
一歩一歩、力強く踏みだす足。

その姿を見て俺は今まで頭の中から離れなかった勝手な大沼さんのイメージを責めた。


俺の考えがあまかったのだ。
「サボる」なんて言葉はきっと俺みたいな人間の器の小さいやつがいう言葉なんだ。
この人は決してサボってなんかいなかった。
この人は俺なんかと比べ物にならないくらい器の大きな人なんだ。


俺は堪え切れないくらい感情が高まって思わず叫んでしまった。


「大沼さんもう少しです!!!」

「頑張れ!!!」


大沼さんは一点を見つめている。

もうゴールはすぐそこだ。

限界を超えているのだろう、腕が震えている。



「重たかったら手伝いましょうか?」

これ以上、苦しそうな大沼さんを見ていられなかった。



すると大沼さんは俺の方をちらっと向き、

心配するなと言わんばかりに俺を見つめ、

やさしい声でこういった。



「大丈夫。」



「この中身、発泡スチロールだから。」




さ、



さっ、



サボっとったんかい!!!!!!!!!!



俺の前で2、3度その物体を軽々と持ち上げる動作をし、大沼さんはまたどこかに消えていった。



posted by おっくん at 23:43| Comment(0) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

オンザロードレポート その2 『ブンブン前編』



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2日目。

「おっくんなにやってんの!!!!」
「みんな集まってんで、はよ起き!!」
そんな大沼さんの大声で2日目は始まった。

「まじか仕事いかな!!」
「PASMO PASMO!!」
ふとあたりを見渡すとそこはテントだった。

そっか、ここはまたたびじゃなかったんだ。


前日、テント村の隣にある桜の湯というスーパー銭湯でワカメの臭いを落とした後(1日330円できもちーい温泉につかれ、その日の汚れと疲れを落とせる。)、俺はHDKと缶ビールと焼酎を持ってさとしさんに会いに行った。

「よう来てくれたな。」
久しぶりに会ったさとしさんは原始人のリーダーみたいな風貌になっていたが、いつもと変わらん笑い方で持ってたウイスキーのレッドブル割りで乾杯してくれた。

会いたかった。
また一緒に飲みたかった。

さとしさんが3ヶ月ボランティアに行くと言ったとき、まじで遠い存在に感じた俺は、いつも通りのさとしさんと一緒にお酒を飲めたことが本当に嬉しかった。

でも、お酒が進むにつれ話は真剣な方向になっていく。

そこに居合わせたJPという男の子。
またたびの常連のゆうこちゃんの弟。
俺は石巻に行く前にJPが人間不信で引きこもっていたということを聞いていた。
それに見かねたゆうこちゃんのお姉ちゃんがJPをこのボランティアに誘ったんだと。

「挨拶せえや。」とさとしさん。
「どうも。」と無愛想な返事のJP。
俺はともかくHDKやその他の人にまでタメ語で、何を聞かれようとも「そう。」という返事だけ。

はじめは大丈夫なんかなって思ってたけどお酒が進むにつれJPから本音が溢れるようになって来た。

「俺、もっと深いところのニーズまでやりたいねん。」
「一件一件もっと綺麗にして次に行きたい。」とJP。

「でも、一件一件を100やってたら1日たった数件で終わってまうやろ。」
「何件のニーズが毎日来とると思とるねん。」とさとしさん。

「俺らのやることは各家庭では出来んことをやることや。」
「それがほんまのニーズやってことを見ぬかなあかん。」
「一件を100やるんではなく80やった一件をたくさん作る。そして残りの20は任せる。そうやって地域全体に目を向けることが大事なんや。」
「石巻以外でもどんなけ困ってるとこがあるか把握しとんのか?」
「東北全体の全てのニーズに目を向けて、それが全て無くなってからもニーズがあるなら残りの20をやりに来たらええやんけ。」
「その場限りの付き合いやって思ってるやつが大きいこと言うたらあかん。」


「でももうちょっと頑張ればもっと綺麗にできるはずなんや。」
「もっと喜んでもらいたいって思って何が悪いねん!!」

そういってJPはトイレに行った。

「あいつあほやろ。」
「俺に勝てると思っとる。」

そう俺に言って来たさとしさんはちょっと嬉しそうだった。


うん。


なにこの環境。


うらやましいいいいいいいいいーーーっっ!!!!


と、さとしさんに食らいついた結果、俺は集合1分前に叩き起こされたというわけだ。


あわてて作業着に着替え、歯ブラシをポケットに入れ、レッドブルを流し込んで(レッドブルから15000本オンザロードに寄付された為1日平均7本飲んでも怒られない。)俺は作業場に向かった。

午前中を気合いで耐え、一緒に飲んでいた友達がつめてくれた昼ご飯(朝、お弁当箱に本来は自分の分を詰めて持って行く)を食べ、汗をかいたおかげでやっとお酒が抜けたかなーと思った時にリーダーのくりさんがこう言った。


「おっくんやっぱり引きいいね。」

2日目の俺にはもう、その意味がはっきり解っていた。


着いた先にはもう2組のチームがいた。
2組でも先が見えない物に今度は俺たちが助っ人として挑むのだ。
俺は何をするかも聞かないまま車に積んであるレッドブルを飲み干した。

『ブンブン』
あの場にいた3チームにはこの一言で通じるだろう。
そして何か冷や汗のような物が垂れるはずだ。

一言で言えば「ドンキホーテをひっくり返したもの」
しかしそれだけではなく全てのものに海水が染み渡り臭いも重さも計り知れない。

そこで用意されていたもの。
それは『布』
細かいガラスの破片や土砂や散乱している小物。
それらを手っ取り早く詰め込み、運べるアイテムが布というわけだ。

女性陣がスコップでそれらを布の上に乗せ、
男性陣が大声を出しながら道路の向かいにあるガレキ置き場に運ぶ。

一件シンプルに見えるがこれが死ぬほど重い。
水を含んだ布だけでもキツいのに女性陣は手加減なしに乗せていく。
手加減してくれないのではない。
みんなトランス状態なのだ。

そしてその布地獄が無限ループを始める。
スコップを持ってサボろうにも女性の声が聞こえると無意識に布に手を伸ばしてしまう。
長靴に小石が入ったときにだけ気兼ねなしに休める。
そして運んだ後の布を持って行く役は無言のなすり付け合いで決まる。
それが布無限ループ。

俺は一緒に来ていた大沼さんと一緒に布を運んでいた。
回数を重ねる度にお互いの腕が悲鳴をあげ出した。
もう握力とか関係ない、気合いで運ぶ。

と、そのとき!

大沼さんが笑い出した。
ふと見ると大沼さんの腕がブランブランしている。

ええーーっ!!!
すると俺も笑ってしまい。
腕がブランブランして来たではないか!!

それでも依頼主のおっちゃんに助けられ気合いでなんとか運ぶ事が出来、
俺はまた次の布ループに向かった。

と、そのとき!!

布ループパートナーであった大沼さんの姿が見当たらない。

もしや。。。

サボってるんじゃ。。

そう思ってあたりを真剣に探した。

そこで俺は信じられない光景を目にするのだった。


続く。

posted by おっくん at 00:36| Comment(0) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

オンザロードレポート その1『ワカメ』



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5月9日から5月13日まで石巻に行ってきた。
前回6度強の地震を経験したメンバーとはまた違い、
HDK、まいちゃん、みかちゃん、大沼さん、小浜さん。
言わずと知れたこの5人はみんな美容師さん。
そこに1人完全に髪の毛手入れしてない似顔絵師。
その「なんで!?」具合は桃太郎で言うところのキジ並みだ。

そして今回参加したのが、オンザロード。
かの有名な高橋歩さん率いるこの団体に、リーダーとして行っているまたたびのさとしさんに誘われお手伝いをさせてもらえるようになった。
HDK(写真右から2番目)とまたたびのさとしさん(写真真ん中)。
昨日述べたある男とあるお店に学びたいと思った結果、こうなったわけだ。

実は震災のあった日、俺は新宿からまたたびに走って帰った。
そしてさとしさんと一緒に燃え盛る街や津波で流される街をテレビで見た。
何かしないといけない。
お互いにそう思っていたに違いない。
だけど俺が東京でいろんなことに追われている時、さとしさんは全てをほったらかして3ヶ月東北に行くと言い出した。
最近生まれたばかりの「のんのちゃん」という赤ちゃんや奥さん、そしてオープンしたてのまたたびをほったらかして。
こんな人から学べるのか俺は。

そんな2人のいるまたたびに千葉からある男がやってきた。
電車が止まっている中、なんとスケボーで2時間かけて来たという。
彼の名前は江戸川コナン。
ではなく、くりさん。
そんな彼も団体の初期メンバーとして全てを捨ててオンザロードに参加していた。
そして俺は団体に参加した5日間全てをくりさんの率いるチームでお世話になることとなる。

さて何をするのか?
オンザロードはいろんな班に分かれている。
ボランティアスタッフの炊き出しや洗濯やテントのお世話をする班。
復幸市という物資提供をする班。
被災者の方が入るお風呂を沸かす班。
それぞれの出来ることを分担してやる。
美容師は髪を切りに。
大型車を運転出来る人はゴミを運びに。

そして俺は各家庭のニーズに対応するニーズ班というものに参加させてもらった。
ペンを捨て、紙を捨て、うんこを捨てて。

ニーズ班とは何をするのか?
たいがいの人はこのニーズ班に派遣される。
各家庭のニーズはバラバラだけど大体は力仕事。
8時半から大体17時までガレキをだしたり、荷物を運んだり、泥かきをしたりする。

昼過ぎ、初日リーダーのくりさんが俺にこう言った。
「おっくん初日からキツいの引いたね。」
そういって向かった先はワカメ工場の倉庫だった。
津波にのまれた乾燥ワカメは水を含みぶくぶくと膨張した段ボールが倉庫いっぱいに散乱していた。

「これを外に出して欲しい。」
そんなシンプルな依頼。
でもそれを聞いたくりさんチーム全員の顔色は凍り付いていた。

薄暗い倉庫の中作業開始。
嗅いだこともないような強烈な臭い。
ワカメやと思ってたら急に現れる得体の知れないもの。
それをかき集めゴミ袋に入れ、ねこ(一輪車)で外に運ぶ。
臭い。
気持ち悪い。
てかなんやこの量。
正直はじめのうちは投げ出したかった。
でも依頼主の親子の一生懸命作業している姿を見て挫折なんか出来るわけなかった。

そこに助っ人チームが現れた。
彼らも一瞬凍り付いたがすぐさま今日中に終わらせようじゃないかってことになった。
そこからは早かった。
黙々としかし声を出して自分の出来る精一杯のことを全員がやっていた。

そして最後のワカメを出し切った瞬間。
自然とそこにいたメンバー全員がひとつになったような気がした。

「ありがとうございました。」
「どこから来て下さったんですか?」

作業中ずっと無言だった依頼主の息子さんがタバコに火をつけてしゃべりかけて来た。
20歳くらいのいかつい青年だった。

「東京ですよ。」
俺もタバコに火をつけてそう答えた。

「遠いところからありがとうございます。」
「本当に助かりました。」
「ずっとこちらにいられるんですか?」

「いいえ5日だけなんです。」
「でもその間になにか困ったことがあれば言ってくださいね。」

俺はそこまで言い、「お互い頑張りましょう。」と言おうとして止めた。
そんなことお前が言うなって感じだろう。

ここの人たちはみんな頑張っているのだ。
今までやって来たこと全部津波にのまれそれでも立ち直ろうと頑張っているのだ。
俺たちが来るまでに積み上げられていた工場の大量のガレキがそれを物語っていた。
青年がすごく強い男に見えた。


「ありがとうございます!!」
お父さんがくりチーム、助っ人のシンゴチームにお礼を言ってくれた。

「これよかったら食べて下さい。」
そう言ってくれたのは乾燥ワカメだった。

「ありがとうございます!!!」
すごく嬉しそうに受け取ったくりさんは決してすぐさま封を切らなかった。


たぶんあの中の助かってたやつや!!

くりさんだけでなくそこに居合わせたみんなは同じことを考えていたと思う。

もう少し落ち着いてから食べたい。

せめて全身に染み込んだワカメの臭いを流してから。と。


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posted by おっくん at 22:33| Comment(0) | 石巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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